秘密の願い
東京怪談ノベル(シングル)
お芝居を打つことになったPCさんです。
いつもお世話になっている、特殊メイクの学校のアルバイトにて。
「少女を魔物に変える工房……ですか?」
「特殊メイクをするだけじゃなくて、映像作品としてドラマ仕立てで作ってみたいのよ。みなもちゃん、水泳部以外にも演劇部にも入ってたわよね?」
生徒さんの言葉に、あたし(海原みなも・1252)は曖昧に微笑んだ。
確かに演劇部に入ってはいるけど、幽霊部員なのだ。
上手く出来るだろうか。
「これ台本ね。セリフも少ないし、短いお話だから、是非やってみましょう?」
「わ! 装丁も手作りなんですね。挿絵まであって、絵本みたいです……!」
ページを繰ると、僅か十ページ程のお話。
ある願いをした美しい少女が工房で人魚にさせられるのだ。
……人魚。
……想像しやすい、かも。
「お芝居に自信はないですけど、一生懸命頑張ります!」
「そうこなくっちゃ! じゃあ、カメラを回す前に、物語の少女を作りましょうか。みなもちゃんだけどみなもちゃんじゃない、別の世界のみなもちゃんをね」
いつも下ろしている、ストレートの青い髪。
毛先に椿オイルを一滴馴染ませると、柔らかな櫛を使って、生徒さんはあたしの髪を梳かしてくれた。
何度も何度も。
髪が艶めくまで。
そしてサイドの髪を少し取って、結い始めた。ぎゅっと固くて細い編み込みを作って、カチューシャのように置いた。崩れないよう、真珠の付いた飾りで優しく留める。
お化粧は控えめに。真珠パウダーで顔に艶を出し、頬には薄い桜色のチーク。
唇は蜂蜜入りのリップを塗って。ぽってりとしたグロスも。
衣装の純白のローブを着て、あたしは鏡の前に立った。
……そこには、華奢な少女がそっと佇んでいた。
後れ毛のない、きっちりと結んだ編み込みのカチューシャ。
ウェーブのない、サラサラと流れるストレートの青い髪。
髪に添えられた、控えめな小粒の真珠。
透き通るような白い肌。
密やかに瞬く瞳。
ほんのり桜色の頬。
ふっくらした唇。
……いつもより幼く見える、清楚な少女。
――フワッ。
後ろから、生徒さんに抱きしめられた。
あたしの耳元で声がする。
「よく似合ってるわ」
それから、こう聞こえた。
みなもちゃん、あなたは純粋で清楚な子。
お母さんの言いつけ通り、髪を固く結って、ローブを着ているの。
生真面目で融通が利かない、少し古風なところもある……。
でも本当はね、一人で湖の水面に映る自分を見ていると、思うことがあるの。
甘く淡い願い。
生真面目な子の、一人だけの秘密……。
――みなもは目を覚ました。
「やだ……いつの間に寝ちゃったんだろ……」
起き上がろうとして、みなもはベッドに身体を打ち付けた。両手がベッドに縛り付けられていたのだ。
「きゃあ!」
次々出そうになる悲鳴を半分以上飲み込んで。
他のことにも気が付いた。
みなもの身体。
全身がビショビショに濡れている!
白いローブはずぶ濡れになり、みなもの肌が透けている。
腕に、胸に、腰に、太ももに、ペッタリと張り付いた薄い布地。その下から、艶めかしい肌色が隠しきれず浮かび上がっていたのだ。
ベッドのシーツも水に濡れている。
真珠の髪飾りはベッドシーツの波に沈んでいた。いつも綺麗に結っていた髪は、解けていた。
「お母さんに叱られちゃう! それに、どうしてこんなに濡れてるの。まるで溺れたみたいに……」
「やあ、少し驚いたようだね」
中世的な声に、みなもは視線を上げた。
そこには羊のツノを生やした女性が立っていた。
長身で異形の姿をしているが、艶めかしいスタイルの色香漂う女性。
みなもは戸惑いながらも、期待に胸が逸るのを抑えられなかった。
「もしかして、あれは夢じゃなかったの?」
「そうだよ。私はただのスケープゴート。君の罪をもらい、君の夢を叶えるために存在する」
「ああ、やっぱり」
みなもは小さく呟いた。
いつもの湖で、鏡代わりの水面に自分を映しながら――みなもはいつもの願い事をしていたのだ。
ところが、この日は一つだけいつもと違うことがあった。
それは、水面から彼女が出てきて、みなもを水の中に引きずり込んだことだった。
――願いが叶うのだ。
「さあ君の願いをもう一度言って」
「あたしをどうか、美しい女の子にしてください。可愛くて、綺麗で、それから……」
「それから?」
縛られた両手に対し、両足をこすり合わせながらシーツに隠すようにして、恥ずかしそうにみなもは続けた。
「……色っぽい女の子にしてください! お母さんには言えないけど、ずっと憧れてたの!」
「では最も美しく妖艶な姿に君を変えよう。ここではそれが叶うんだ」
みなもの足は、締め付けの強いストッキングのようなもので覆われた。
濡れた肌に、この細かい網目が張り付いて。お尻から足先まで、神経質にピンと張りつめている。
網目を通して伝わってくる、みなもの柔らかくて温かな肌。
下半身は一つのカタマリになった。
そこに、肌色の粘土みたいなものがたくさん被さった。
最初は固い粘土だったのに、みなもの濡れた肌に折り重なり、少しずつ柔らかくなっていく。
そして表面にはヘラのようなもので、鱗のラインが付けられていく。いくつも、いくつも。
「アクアマリンをパウダーにしたものだよ。これが大事だ」
青く美しい煌めきが、天の川のように、みなものヒレの上で流れていった。
「良い石だ。全て潰した。美しいモノを生み出すには、常に代償を伴うんだ」
お尻も覆われてしまった。
濡れたローブは崩れ去った城のよう。持ち主の全てを露にしていた。
……ポタポタ。ピシャピシャ。
アクアマリンの川の上から、白い糊のようなものが垂らされた。
虹色に淡く光る鱗。さっきのラインに沿って、丁寧に一枚ずつ重ねていく。
再び白い糊を垂らされる。
それから、ベッドごと一度窯のような所に入れられた。
「これは、何をしてるの?」
「魔法をかけているんだ。もう出すよ。見てごらん」
彼女に両手を解いてもらい、みなもはベッドに腰かけた。
鏡には、ベッドからゆらりと尾ヒレを下した人魚が映っていた。
青いキラキラと光るヒレに、虹色の鱗。
白いローブはグチャグチャになっていて、まるで白いシーツに包まっているようだった。それはひどく濡れたためにみなもの身体にピッタリと張り付いていて、肌色が透けて見える。
その間から、悠然と大きな尾ヒレが垂れ下がっているのである。
魔法の意味はすぐにわかった。さっきの白い糊だと思ったものは、乾くと姿を変えていた。
粘っこさがなくなり、ふんわりと柔らかい新雪のようになっていたのである。尾ヒレに雪が降っているのだ。
こうして見ると、透明度の高いアクアマリンはまるで氷のようだ。
みなもの視線は下から上に。
細く白い首を通り過ぎ、潤んだ瞳を熱くさせたものの、乱れた髪を見て僅かに眉をひそめた。
「ここにも……魔法をかけて」
みなもは大胆にもローブを脱ぎ捨てると、華奢な背中を異形の彼女に預けた。
――異形の彼女はみなもを抱きしめた。
次にみなもの白い両肩を撫でた。
そして、真珠の髪飾りをシーツから拾い上げると、言った。
「では、髪に一番美しい魔法をかけよう。君は氷雪の人魚になる。ここではそれが叶うんだ」
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございます。
ファンタジーと現実の間です。
このお話はおまけノベルに続きます。
楽しんでいただければ幸いです。