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魔剣の少女
 シチュエーションノベル(シングル)です。
 ある専門学校からの依頼を引き受けたPCさん。今回のテーマは「剣」だそうで……?
 
 夏休みに入った頃、新しい風鈴を買った。
 友達と寄った雑貨屋さんで、一目ぼれした物。
 値段を見て一度は諦めたものの、一か月悩んだ挙句に財布を開いた。
 ――今年の夏は暑い。
 掃除に熱中していると、窓を開けきっていても汗が滴り落ちる。
(それだけだと嫌な気分なんだけど)
 掃除が終わって、顔を洗い、纏めていた髪をほどく。綺麗な畳の上に座り、よく冷やした麦茶を飲む。
 風鈴がちりんと鳴る。耳に馴染む、涼しげな音で。
(……夏っていいなあ)
 いつの間にかウトウト。
 夏休みだもの、このまま畳の上で横になって、猫のように――、
(ってだめだめ!)
 学校が休みなんだから、アルバイトしなくちゃ。
 ――そんなとき、ある専門学校の生徒さんたちから電話があった。いつものメイクの依頼だ。
「剣ですか? 剣って、あの、武器の?」
 無機物の……と驚くあたしに対して、生徒さんの声は明るい。
「ふふ、みなもちゃんで戦ったりしないわよ? 宝飾品のような、美しい剣を作りたいの。魔剣ね。それにはみなもちゃんがうってつけなのよ」
「どうしてですか?」
「完成すればわかるわ。やってくれる?」
「はい!」
 生徒さんが楽しそうに話すから。
 あたしは二つ返事で引き受けた。
 生徒さんたちに会うのは久しぶりだったし、依頼内容も興味がある。それに。
 ……風鈴、買っちゃったんだもん。


 アルバイト当日。専門学校に着いて、冷房の効いた中に入ると、慣れた匂いがした。
 何かの薬品が混ざった匂いなんだろうか。これから自分が何らかのメイクをされるのだと想像してしまう、不思議な匂い。
 数人の生徒さんたちの顔を見ると、何だかホッとした。懐かしいような、柔らかな気持ちになって、あたしは笑顔を見せた。
「無邪気な顔しちゃって。あどけないわねー」
 からかう声に、あたしは頬を膨らませた。
「そんなことないです。もう中学生なんです」
「ふふ。“もう中学生ちゃん”は、毎日宿題やってる? 日記とかね。溜めると後が怖いわよー?」
「う……」
 言葉に詰まるあたしに、大笑いする生徒さんたち。
 アルバイトを通じてだけど、生徒さんたちとあたしの間には一種の信頼関係があると思う。
 ――だからあたしは身を任せることが出来る。
 服を脱いで台にそっと横たわる。冷房の当たったメイク台はひんやりと冷えていて、肌が微かに震えた。
 まな板の鯉が跳ねているようね、と一人の生徒さんが冗談を言った。
 鯉より人魚のようよ、と隣の生徒さんが返す。
 その言葉にあたしは息を呑む。
 ――忘れていた緊張感を思い出してしまった。
 意識し始めると、こうやっていつものようにメイク前に肌を晒していることも恥ずかしくなり、あたしはぎゅっと目を閉じた。
「……………………ひゃっ」
 生温かいものが足の指に絡みついた。
 ななななななな何ですか、と跳び起きようとしたけど、生徒さんたちに押し戻された。
「目なんか瞑っちゃうから驚いちゃうのよ〜。ちゃんと見ないとね?」
 生徒さんが刷毛を持って笑っている。
「す、すみません……」
 身体を動かさないように謝りつつ。
 何を塗るんだろうかと気になる。
「これは新素材のパウダーなの。湯に溶かして使うんだけどね、濃度を変えて何度も重ね塗りしていくのよ」
「濃度を変えて? どうしてですか?」
「透明度を出すためなの。美しい剣がテーマだからね」
 手を掴まれ、足を掴まれ、足の裏から脇の窪みにまで満遍なく素材を塗られていく。
 最初は濃度の高い方から塗るらしくて、粘り気があってノビが悪い。刷毛が何往復もするので少しチクチクする。
「うーん、刷毛だとちょっとやり辛いわね……」
「スポンジに変えてみようか?」
 大きくて柔らかいスポンジは肌当たりが良い。お風呂で身体を洗われているみたいな気持ちになる。
 この素材は象牙色をしていたので、一度目の塗りが終わる頃にはあたしの肌からは生気が感じられなくなっていた。
 二度目の塗りでは粘度が多少下がっていて。それでもスポンジじゃないとまだ上手く塗れないようだった。
 髪を守るためにお団子にして帽子を被されているので、事情を知らない人が見ればあたしは人間と思われないだろう。
 だって、肌が象牙色で。唇にも荒れ防止のリップを塗った上から素材を重ねられて、今はもう唇の境目すらわからない。目を閉じてしまえば、完全にマネキンだ。
(これで剣になんてなれるのかなあ……)
 この素材は身体を固めるものではないみたいで、あたしの肌は柔らかいままだ。見た目も地味だし、とても宝飾品のようだなんて……。
「芯が出来たわ」
「キャンバスと言ってもいいわね」
 ほほ笑み合う生徒さんたち。
(キャンバス?)
 意味がわからないあたしに、生徒さんが言う。
「人の身体って“生”に溢れているのよ。肌色もそうだし、毛穴、キメ、色のムラもね。普段当たり前に思っているから気にしないけど、静物になると途端にそれらが主張するのよ。“この子は生き物です”ってね」
「そういうものなんですか?」
「そうよ。マネキンを近くで見てどう思う? ヌメっとした肌で、均一に白いでしょう? ああいうのを見て、私たちは人工的だと思うのよ。静物になるなら、まずこの人工的な土台を作らなきゃいけないわ」
 デパートで見たマネキンを思い出してみると、確かにそうかもしれない。
「象牙色にしたのは品を持たせるためよ。そしてこれから……ねえ! 入ってきていいわよ」
 生徒さんの言葉の後に、ドアが開く音がして、一人の女性が姿を現した。初めて見る人だ。手に絵筆を持っている。
「初めまして」
「は、はじめまして……」
 ニッコリと笑う女性に対して、声がうわずってしまうあたし。
 だって。初対面の人に見られるには、この格好は、何だか…………その。
「みなもちゃん、恥ずかしがらなくていいわよ。この学校の生徒で、絵を専攻している子なだけだから。抽象画が好きなのよね?」
「うん。人をキャンバスにするのは初めてなんだけど」
 生徒さんたちの会話を聞いていて。
 あたしにもだんだん話が見えてきた。
 剣の“芯”になったあたしに、絵を施すってことなのだろう。象牙一色では地味過ぎるからだ。
 絵筆を持った生徒さんは、楽しそうにあたしの肌に絵を描いていく。生徒さんが作る色は全部青色だった。黒っぽい青色や、くすんだ緑色を混ぜた蒼色、群青色や、ごく薄い水色。それらを象牙色にしたあたしの肌に躍らせていく。
 絵筆は硬くて、胸先と背中のあたりがチクチクした。
 皮膚の薄い首と顔は絵筆では刺激が強すぎるので、柔らかなスポンジでやってくれた。これは描くというより、スタンプみたいに色を押し当てていく感じだった。ふわふわとしたスポンジの感触が肌に触れたり離れていったり。夢見心地な気分になる。
 絵を描かれた後は、濃度を薄めた素材を塗られていく。薄められた素材にはもう色があまりついていなくて。乾いたら、更に濃度を薄めた物を。もうほぼ透明だ。
 これから一体どうなるんだろう?
 と、ワクワクしていたら。

「じゃあ、これから金属でコーティングするわね」
「えっ?」
 思わず聞き返すあたし。
 だって金属にしてしまったら、この絵が見えなくなっちゃう。
「絵が分からなくなっちゃいますよ」
 とあたしが慌てても、生徒さんは動じない。それが面白いところなのよ、なんて笑っている。
「それより、これをつけましょうね」
 と、装着させられた妙な機械。身体の筋肉が小さく引っ張られるような気がして、ピクピクする。微弱の電気が流れていて、筋肉をほぐしてくれるものだそうだ。剣になってしまうと動けないので、万一筋肉が固まってしまうのを防ぐためだとか。
(うぅ、何だか気になる……)
 意図しない刺激を受けているので、ちょっと不快感がある。レリーフのメイクをしたときもつけられて、あのときは楽になったと思ったんだけど。あれは身体が痺れているときだったからかな。
(少ししたら慣れるかなあ……)
「じゃあ、剣のポーズを取ってもらおうかしら」
「? ポーズですか?」
「そっ。両手を耳に当ててみて。肘を曲げたまま横に広げてね。それから足を閉じて、しっかり伸ばしてね」
 言われた通りのポーズを取り、型を作られる。首から下を金属で固めるためだ。
 この型作りが凝っていて、顔以外にも固めない所を作るのだ。一本のラインを縦に通して、そこだけ残す。
 金属でコーティングされるなんて変な気持ちになる。じっとしていなければならない辛さもあって、改めて生き物が生き物でなくなるのは大変なことなんだと痛感する。

 型を割った後、今度は残した縦のラインと顔にガラスを被せられた。窒息しないように顔の所には爪ほどの大きな穴が複数開けられている。
 さらに頭には柄をつけられた。
「鏡を見てみましょうか」
 もう自分で立つことは出来ないので、生徒さんたちに支えられて鏡の前に立つ。
 そこには人の姿ではなく、大剣が映っていた。
 あたしの曲げた肘は鍔になっていた。
 人間らしい身体のラインは消えて、何の膨らみも窪みもない。二本の脚はくっついて一本の剣身になり、尖りきった切っ先が蛍光灯の光を浴びてヌラリと光っていた。
 その不気味な切っ先から視線を上げていくと、一本の縦のラインが目に入る。そこには重なり合った青が映っているのだ。濃い青やら儚げな水色、くすんだ蒼色がランダムに混じり合って、その剣が昔からここに存在していたかのような架空の歴史を積み上げている。
 顔はと言うと――、……本当にこれはあたしの顔なんだろうか? ここに、あたしの顔はあるのだろうか――、分からなくなるような姿に形を変えている。
 生徒さんがスポンジで付けた色たちが、象牙色の芯の中に閉じ込められていて、光の当たり具合によってその色の濃さが変わる。濃度の違う素材を重ね塗りしたせいか、光によって透明度が変わり、それによって色合いが変わるのだろう。
 青色がこんなに禍々しく映るなんて、と思う。
 なのにこんなに美しいと思うなんて。


 剣立てに飾られたあたしは、ある小さなギャラリーに設置された。
 瞬きをすると人間だと気付かれてしまうので、目を閉じたまま。
 レリーフのメイクを施されたときのことを思い出しながら、あたしは心静かに置かれていた。
 あのときと違うのは、足場が不安定なことだった。
 あたしは自分の尖った足先――切っ先を剣立てに預け、壁にもたれていた。
 これらがなければあたしは床に倒れてしまう。そして自分で起き上ることも出来ない。倒れたまま、そこに在るだけの物となる。
(完全に、受身の存在なんだ)
 この意識が、あたしを心穏やかにした。騒いでもどうにもしようがない、諦めの境地というか、達観したというか……。
 現に、瞼を開かず、口を閉ざしていると、いくつもの人の声が遠くの存在に感じられる。
 静物であるということは、静謐な時を永く過ごすことと同義であるのではないかとさえ思うくらいに。
 でも実際にはすぐに解放された。
 機械を装着していたお陰か、筋肉に痛みはなく、もう少し長く出来そうだったけど。食事や生理現象の問題があった。
(そうだよね。仕方ないことだもん)
 あたしは生物なのだから。

 メイクを取る前に撮影したい、と生徒さん。
 シャッターを切ったあと、デジカメを覗き込みながら生徒さんが呟いた。
「――勿体なかったな」
「何がですか?」
「目を閉じてもらわなきゃ展示出来ないなんて……。みなもちゃんに頼んだ意味が半減よ」
「?」
 心の中で首を傾げているあたしに、生徒さんは言う。
「宝飾品のような剣、ってテーマが出たときに、真っ先にみなもちゃんを思い浮かべたの。あなたの青い瞳はサファイアより綺麗だから」



終。
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