メイキングビデオ
東京怪談ノベル(シングル)
特殊メイクでキツネにされるPCさんのお話です。
……倦怠期。
夫婦やカップルが、パートナーに飽きて冷めてきた時期に使われる言葉。倦怠期のときはドキドキするような刺激を与えあうと良い……らしい。
「最近のデジタル一眼レフって凄いわよね。4Kで動画撮影出来て」
「そうですね、今は一般の人も動画で有名になれる時代ですから……」
「でも長時間撮影するにはやっぱりビデオカメラになるのよね。ほら! 最新のビデオカメラ! 一眼レフには及ばないけど、高画質、4K対応よ」
「わぁ〜良かったです…………ね……?!」
満面の笑みでビデオカメラを見せてくる生徒さんに返事をしてみたものの、嫌な予感がする。
……とても嫌な予感がする。
だって、今日はあたし(海原みなも/ID・1252)のアルバイトの日。特殊メイクの専門学校からメイクの実験台として呼ばれているのだ。
特殊メイクの専門学校の教室と、生徒さんと、あたしと。そして最新のビデオカメラ。
これが今の状況。
(色々想像しちゃうもの……)
もしも、メイクで動物になったあたしを撮るなんてことになったら。
(動画……って言っていたし……)
動いているあたしを撮るってこと?
今日はキツネのメイクって言われていたから。
キツネとして暮らすあたしを撮影するってこと?
(やだぁ……)
顔が赤くなってくるのが自分でも分かる。
肌にじんわりと汗が滲んでくる……。
(もしかしたら、メイク中のあたしを撮るのかも……。そっちの方が恥ずかしい……!)
「みなもちゃん顔に出ているわよ。察しがいいわね。今日はメイク中のみなもちゃんを撮影して、メイキングを作ります!」
「当たったあ! じゃ、じゃなくて! 困ります!」
動揺して顔の前でブンブン手を振るあたし。
笑う生徒さん。
と、後ろから他の生徒さんが困り顔で現れた。
「みなもちゃん焦っているじゃない。可哀想よ」
良かった、話の分かりそうな人だ。
「ちゃんと説明してあげないから、みなもちゃんを不安にさせるのよ。みなもちゃん、ちゃんとライトもあるし、4Kで仔細に撮ってあげるから大丈夫よ。このカメラは接写の描写に定評があるし、もしバッテリーが切れても、カメラは三台あるからね。半日位は撮れるから安心して?」
前言撤回、変態さんでした!
「女の子だもの、綺麗に撮られたいわよね。みなもちゃんのこと分かっているから、心配しないでね」
「え?! ぁぁぁ……」
頭の中がグチャグチャだ。前回のキツネになったアルバイトを思い出し、あたしのアレコレな姿が脳裏をグルグル回っている。
(し、親切な人なのかな?)
頭が混乱して分からない!
もう数え切れない位、特殊メイクをされてきたのに。
ドキドキドキドキドキ。
心臓の音が煩くて。胸に置いた両手を持ち上げてしまいそうな程、胸の高鳴りが響いている。
「ダメよみなもちゃん、メイクが出来ないわ。手を退けるわよ……」
「はい……」
あたしの手首に触れた生徒さんの手は、氷みたいで。
(じゃなくて、あたしの身体が熱いんだ……)
特殊メイクの時間がこんなに恥ずかしいなんて。
吐息が漏れた。
心臓が飛び出してしまいそう。
(汗も……)
無意識に身体をねじってしまう。
台の上で、太ももを重ねて。ギュッと身体を硬くする。
時折触れる生徒さんの腕は、冷たくて、ツルツルしている。
何か、チクチクするものがあたしの全身に付けられた。
それは細いコードだった。まるであたしは装飾されたクリスマスツリーみたい。両腕の付け根から手首まで。なだらかな丘と谷のようなあたしの肌を――つまり胸の谷間からお腹を通って、白い太ももをスルスルと伝い、コードの終着点は足首だ。
(コードは……細い川みたい)
後ろにも川は流れている。窪みのある背中を下り、柔らかなお尻を上り、足首まで。
キツネの毛も植えられた。
むせかえるような、獣の臭い。
食べていないのに、口の中まで獣臭が広がった。少し吐き気がして、喉の辺りで唾液がジュジュと下品な音を立てた。
たくさんの指先があたしの肌に獣の毛を立てさせる。
くすぐったくて。
それに、キツネの毛は少し硬くて、暑くて。汗ばんだあたしの肌をチクチクと責めた。
「…………っ」
言葉にならない声が出た。
くすぐったさにギュッと閉じていた目を開ける。
上から生徒さんがカメラを持って見下ろしていた。
「その声久々に聴いた気がする。好きなの。スタッカートの多い音楽を聴いているみたいだから」
優しい声だった。
聞いていると、あたしも何だか優しい気持ちになるみたいだった。
濃い茶色の毛。ひんやりした牙のある口。
黒くて硬めのニクキュウ。フワフワの太い尻尾。頭の上にピョコンと生えた三角の耳。
台の上に座って、鏡を見たあたしは感嘆の声を漏らした。
「凄いれす! キチュネだぁ……。あえ?」
「今回は話せるでしょう? あえてそうしたの。牙があるから空気が抜けて、発音し辛いとは思うけど。もっと話してみて?」
「きちゅ………き、キ……ツネ! むじゅかしい!」
「ふふっ」
あたしの隣に生徒さんが座って。笑いを堪え切れないみたい。肩を震わせている。
「もうー、あたし、真剣なん……で……すよう!」
「そうね、ふふふ。ねえ、口の中見せてもらえる?」
「ふぁい!」
恥ずかしいけど、出来る限り大きな口を開けた。
ビデオカメラがグッと近付いて来る。今は膨らみを失ったあたしの唇から、肉感的な舌、相対的に小さな前歯から尖った犬歯。長い犬歯の横にある小臼歯も人間のものとは違っていて、パズルのピースみたいな形をしている。アップで撮ったらきっと、小さな国の形に見えるかもしれない。
(楽しそう! 何だか……ワクワクしちゃう……!)
トッ。
あたしは台の上から前足を着いて下りた。
さっきまで普通の人間だったのに。
今は四つ這いで尻尾を揺らしている。
まるで自分じゃないみたいだ。
「みなもちゃん、撫でていいかしら?」
「ふぁい、勿論れす」
生徒さんのピカピカの爪と、細くて長い指が、あたしの背中に触れる。
――と。
ビクン!
「?! ひゃあっ!!!!!」
ビリビリした刺激があたしの背中から腰まで走った。
小さな火花が散ったみたい!
「にゃんです?!」
「皮膚が毛に覆われていると、触られても分からなくなるでしょう? 刺激に敏感になるように、細工してあるの。脳の電気信号の代わりにね。……痛くない?」
驚いたけど、痛い程ではない。
あたしはコクコクと頷いた。
「良かった。それじゃあ、少しテストさせてね」
今度はお尻から背中まで、反対に撫でられた。
……人間のときとはまるで違う感覚。
毛の向きとは逆だから。生徒さんの指に対して、あたしの毛の一本一本が反発していることまで分かる。
普段は鈍くなっているお尻まで、首筋を撫でられたみたいに敏感だ。
毛の奥に潜む柔らかな肌。
なぞられるのに合わせて、しなっていく背中。
細かく震える肩。
「フフ……ゥゥ」
全くあたしは繊細だ。
繊細な獣だった。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせ致しました、OMCライターの佐野麻雪です。
ご発注ありがとうございます!
楽しんで頂ける箇所があれば幸いです。
このお話はおまけノベルに続きます。